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土地の記憶を、いまの食卓の景色へ。
大分・臼杵で生まれる「臼杵焼」
大分県臼杵市。城下町の面影が残り、古い町並みや石仏、豊かな食文化が今も暮らしの中に息づくこの土地で、一度途絶えた焼き物を現代に蘇らせた人がいます。 陶芸家の宇佐美裕之さん。
妻の友香さんも料理人で、ふたりは長く「食」と「器」の両方から臼杵の魅力を伝えてきました。
そんな宇佐美さんが出会ったのが、かつてこの土地で作られていた焼き物。
200年前の器との出会い
臼杵には、江戸時代後期の1802年頃、臼杵藩によって開かれた窯がありました。
島原、小石原、小峰などから陶工が集まり、陶器や磁器を製作。当時は窯場のあった土地の名前から「末広焼」「皿山焼」と呼ばれていたといいます。
ところが、その歴史はわずか十数年ほど。やがて窯は途絶え、窯場だった場所も雑木林となり、その存在は長い間、土地の歴史の中に埋もれていました。
宇佐美さんが寺で目にしたのは、そこからわずかに残されていた白磁の輪花の器。花びらのような縁取りをもつ、静かで端正な器でした。
宇佐美さんはその器を見たとき、古いものをそのまま復元するのではなく、「今の暮らしの中で使える器にできるのではないか」と感じたそうです。
歴史を保存するためだけの器ではなく、今日の料理を盛り、今日の食卓で使うための器。
2015年、宇佐美さんは陶芸家の薬師寺和夫さんとともに、臼杵の窯業文化を再興するプロジェクトを立ち上げます。
残されたわずかな資料を手がかりに、菊や蓮、輪花など、かつての器に見られた造形を現代の暮らしへと置き換え、新たに「臼杵焼」と名づけたそうです。
臼杵焼を眺めていると、まず目に入るのが、花びらのように連なる輪花。
すっと立ち上がる稜線。菊や蓮を思わせる繊細なかたち。
けれど、決して装飾的すぎない。宇佐美さんは東京などにいらっしゃるとさまざまな料理屋さんをまわり、奥様と娘さんと食べ歩きながら、さまざまな事を吸収されているご様子。
器そのものが主張するのではなく、料理が置かれたときにはじめてひとつの景色になる事を目指されているな、、と感じます。
そのために輪花や稜花といった縁の造形があり、そこに料理を盛ることで、料理そのものが自然と引き立つように考えられている。
今回wagonaでご紹介する器にも、その考え方がよく表れています。


臼杵焼の白は、真っ白で均質な工業製品の白とは少し違います。
ひとつひとつ手作業でつくられるため、花弁の輪郭や釉薬の表情にも、ほんのわずかな揺らぎがあります。とはいえ、宇佐美さんをはじめ、工房の職人さんたちの鍛錬された手でほぼ同じクオリティに保たれています。ただそのゆらぎがたまらなく、愛用者を惹きつけています。
たとえば代表的な「輪花プレート」。細かな花弁が連なるリムに光が当たると、テーブルの上に小さな陰影が生まれます。料理を盛っていないときには一枚のオブジェのように見え、料理を盛れば、その輪郭が静かに料理を囲む。
前菜からパン、ケーキ、果物、主菜まで、和洋を問わず受け止めてくれる器です。

今回wagonaで扱うカップ類も、とても象徴的です。
手に持ったときにわかる、少し揺らぎのある輪郭。
写真のように何もない静かな背景の中で一客だけ置いてみると、器そのものの造形が際立ちます。
けれど実際に使ってみれば、珈琲やお茶の色、手の温度、テーブルに落ちる影まで含めて、ひとつの景色になる。
現在の臼杵焼にはマグカップのほか、稜花のエスプレッソカップ&ソーサー、ティーカップ&ソーサー、湯呑、蕎麦猪口などもつくられています。
特別な日のためにしまっておく器というより、いつものお茶を、ほんの少しきれいな時間にしてくれる器。
wagonaの服にも、どこかそれと似たところがあるように思います。
臼杵焼の再興には、もうひとつ大切な背景があります。
宇佐美さんが目指していたのは、単に焼き物のブランドをつくることではありませんでした。
観光客が減っていく故郷を見ながら、「待っているだけではなく、自分たちから何かを発信しなければ」と考えたことも、臼杵焼を始めるきっかけのひとつだったといいます。
器をつくる。料理を盛る。
その器をきっかけに、臼杵という土地を知る人が増える。
現在では、臼杵石仏のほど近くに、工房やギャラリー、食の場を備えた「うすき皿山」があり、「つくる・みる・ふれる」を通して臼杵焼と食文化を体験できる場所へと発展しています。
夏の蓮の時期は、蓮茶会も行われ、予約でいっぱい。関東からもたくさんの方が大分のこの場所を訪れています。200年前に一度途絶えたものを、そのまま再現するのではなく、今を生きる人たちの暮らしへつなぎ直す。
その先に、また新しい土地の文化が生まれていく。臼杵焼の器には、そんな時間が静かに重なっています。

wagona × 臼杵焼
TEXT: HARUMI FUKUDA
PHOTO: COURTESY OF USUKIYAKI